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英国ヴィクトリア時代とフランス・ベルエポック繁栄を極めた時代
1837年ヴィクトリア女王が即位
し、若く美しい女王が誕生した時代に英国は栄華の頂点を極めます。
産業革命がもたらした工業化によって世界各地の植民地から莫大な富がもたらされ、裕福な中産階級が生まれてきます。それによって、それまで王侯貴族だけの物であったジュエリーに新しく大きな市場がもたらされることになったのです。
カリフォルニアとオーストラリアの金鉱の発見や世界各地で新しく発見された鉱山から、飛躍的に供給量
が伸びた金や宝石類が彼らのために多種多様なジュエリーとして制作されていき、ジュエリー産業は全盛期を迎えます。
若く美しいヴィクトリア女王のファッションが流行への大きな影響力とになり、宮廷を中心とする社交界で見習われ、ジュエリーは昼夜を問わずふんだんに身に付けられました。
フランスでの繁栄は特に第二帝政時代(1851年から1870年)ナポレオン3世と皇后ユージェニーの時代において顕著に現れ“ベルエポック”と呼ばれる、よき時代はこの時代から第一次大戦前の20世紀初頭までのことをさしています。
ヴィクトリア時代初期(1840年〜1860年)
1840年にヴィクトリア女王とアルバート公との結婚式が行われました。若く美しい女王にふさわしく華やかなジュエリーが人気を呼んだ時代が始まります。
ヴィクトリア時代全般を通してセンチメンタルなジュエリーが非常に好まれますが、この時代のジュエリーは自然主義的なデザインが多く、写
実的な草花の花束、ぶどうの房やヘビのモチーフなどに高い人気がありました。ジョージアンのジュエリーに比べややサイズが大きくなってきています。
ダイヤモンドの他にはターコイスとカーバングル(カボーションにカットしたガーネット)が特に人気を呼び、ターコイスはスネークや草花、鳥、様式化した花のスプレイ、ハートのモチーフに、カーバングルはダイヤモンドやエナメルと共に、蕾みやフルーツのモチーフに特に好まれて使われています。
全体に金をふんだんに使い大粒の色石(シトリン、ピンクトパース、カーバングル)がセッティングされ、これらをネックレス・ブローチ・イヤリング・ブレスレットの豪華なセットで身に着けました。これら揃いのセットのことをパリュールと呼びます。
センチメンタルジュエリーの代表的なものでは、宝石を並べ頭文字で愛情を表現したジュエリーが流行すします。
これは、ブローチ、ペンダント、リングなどに、リガードREGARD(敬愛)の頭文字、ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンドと順番に並べたもので、男性が愛情表現として女性に送ったジュエリーです。これらは1830年代頃から流行しています。
19世紀中頃のフランスでは再びカメオの人気が復活しています。オニキスやカルセドニー(ハードストーン)などの大きく厚みのある積層に彫刻され、題材はそれ以前に好まれた男性の肖像よりも女性の好みに合わせてメデューサ、ミネルバ、ダイアナ、バッカス、ビーナス、などギリシャ神話の神々が女性的な装飾をなされています。イタリア人のサリーニの作品は特に有名です。
また、黒人の女性にダイヤモンドやルビーを飾った(アビエ装飾)ブラッカ・ムーアと呼ばれるカメオは特に高価なもので今ではなかなか手に入らない逸品です。
アフリカや西インド諸島から運ばれる貝を使って作られるシェルカメオも大振りのサイズになり、神話の一場面
が掘り込まれ、素晴らしい金細工のフレームにマウントされています。
その他にナポリとジェノバで彫刻されたコーラルのカメオも人気があり、淡いピンクと深い赤のコーラルが最も人気が高い物でした。
さて、この時代に上流階級の人々は勉学を兼ねたグランドツアーという旅行に出かけ、ヨーロッパ各地からノベルティーとして特産品を自国に持ち帰っています。
イタリアからはカメオやモザイク、スイスからはエナメルが施された装飾品などで、グランドツアーがこういったジュエリーのヨーロッパ各地に広まった要因となっています。
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