パリに着くたびに感じる高揚感は、期待と不安と幾度となく味わった失望が織り交ぜられたものだ。
フランスのアンティークジュエリーに関して言えば、そのマーケットは、扱う種類も質もロンドンとは違う。 それはフランス人のアンティークジュエリーに対する考え方や好みであり、明らかにイギリスとはスタイルの違いを感じる。
彼らはどちらかと言うと20世紀のモダンなジュエリーが好みであり、マーケットでも、それらの中に19世紀以前のジュエリーが混ざっている、といった感じだ。
現代のフランス人にとっては、何を着けるかではなく、どう着けるか。それがが問題なのだろうか。

Musee des arts Decoratifs外装18-19世紀の宝飾の世界を牽引してきたのはフランスの宝石商と職人達である。世界一のマーケットはロンドンにあったが、パリで作られるジュエリーの秀麗さは際立っていたし、実際に数多くのジュエリーがフランスで作られた。
しかし、歴史を振り返れば分かるように、物理的にはロンドンよりもずっと多くの荒波に曝されたフランスで、19世紀以前のジュエリーを見つけることは容易でない。 私はわざわざやってきたパリを歩き回った末に、何一つ手に入れられずにぼろぼろになってロンドンに帰って行ったことさえある。
しかしフランスのジュエリーは強いインプレッションを放って私を惹きつける。どんなに難しい作業であろうとパリ行きを引き止めることは困難だ。 ある意味私はパリにはフランスの歴史を探しに行く。遥々やってきたこの場所で安っぽい歴史の遺物を手に入れるつもりはない。
そのためにはまずフランスのジュエリーを理解することが重要だ。 フランスのジュエリーを知る旅はまずここから始めることにしよう。
それは壮大なルーブル宮の一角にある。



    第 二 回      装飾美術館   


Musee des arts Decoratifs入り口
パリのルーブル宮殿の中に、ルーブル美術館と隣接して装飾美術館があるのは人々から余り知られていない。 リヴォリ通り(Rue de Rivoli)をコンコルド広場の方に少し行った所にあり、昨年改装を終えオープンしたばの非常に綺麗でモダンな美術館だ。
リヴォリ通りからガラスの扉を開けて中に入る。そこはどこかの業績がいい会社の受付のようなシンプルで綺麗な、だけど何の変哲もない空間だ。そこに置かれた大きすぎる机に2−3人が座って喋っている。こちらにはまったく無関心で近くに行っても声さえかけてこない。Musee des arts Decoratifsチケット売り場私はその人からチケットを買ってセキュリティーチェックを受け、左手の大きな階段を上がる。
2階は服飾美術館になっていてジュエリーの展示されている階はもう一つ上なので、疲れている時はエレベーターで上がるといいのだろうが、私はその冷たい白石の階段を上るのが好きだ。 自分の靴音を聞きながら高揚感が増してゆく。何度も来たはずのこの場所なのに、未知の物に出会う時のようなドキドキとした感覚が甦って来る。記憶として残っている感覚と、実際に足を踏み入れた時の感覚のギャップが楽しいのだ。

展示スペースは大まかに言って、アンティークジュエリーのセクションと現代ジュエリーのセクションに分かれてる。階段を上がった正面左奥が入り口になっていて、扉を開けるとそこは、極端に照明を落としジュエリーが闇に浮かび上がるように演出されている。別世界に入り込んだ気分になるのだが、ただし、壁一面に作られた展示棚は正直言って物凄く見づらい。 細かなディテールを観察するというより、感覚で感じてほしいといったところなのか。アティチュートの問題なのか。
展示品はルネッサンス頃の作品から、17世紀、18世紀、19世紀のジュエリーと順を追って並んでいるが、ほとんどのスペースをアール・ヌーボーの秀作が占めている。やはりこの美術館で見るべきものはアール・ヌーボーの優れた作品なのだ。 素晴らしいラリックのコレクションを初め、ガイヤール、フーケ等の美しい作品が数多く展示されている。有名なヴェヴェールのシルヴィア(Sylvia)はここにある。


Musee des arts Decoratifs展示ルーブル美術館の喧騒が嘘のように見学者は少なく、人々は魅入られたように黙ったままで室内は静まりかえっている。時折ガラスに映る自分の姿に我に返り、これらの作品を手にとって見ることの出来ない辛さが沸いてくる。
質感は創造の域を出ない。全ての感動はそれを自分の肌で感じた時に本物になるはずだ。
長い時間をかけ多くのジュエリーを扱ってきた私は、ガラスの向こうの作品を見て人よりも多くの想像をすることは出来るだろう。しかし最終的に優れた作品であるか否かは手に触れなくては十分に分からない。そこが絵画等の鑑賞する芸術との決定的な違いかもしれない。


いわゆる我々がアンティークジュエリーと呼ぶ時代の展示スペースが終わると、いったん真ん中のホールに出ることになる。近年のジュエリーが展示されているセクションまでは、日の当たる明るい廊下に出て歩かなくてはならない。このわずかな時間で暫く我に返りるのだ。
次の部屋に展示されている作品達はさっきまでいた世界とは明らかに違う美しさだ。不思議なことに、あのJARの作品さえ衝撃的には思えない・・・・。
そして最終的には20世紀最後の有名ブランドが作ったの見覚えのあるジュエリーを見ることになるのだが、私はその頃には明らかに夢から覚め、現実の世界に自分の意識を戻すことになる。



Le Reveil  Henri VeverJohn Willam WaterhouseのHYLAS ANDTHENYMPHS

Le Reveil - Henri Vever -
1900年
Ivory , Enamel , Diamond , Pearl & Gold



" 目覚め " と題されたこの作品の中央の裸婦はアイボリーを彫刻したもの。頭部から伸びるように流れ出たグリーンのラインは、この女性の髪のようであるし水草のようでもある。John Willam WaterhouseのHYLAS AND?THE?NYMPHS部分
私はこの作品を見てウォーターハウス(John Willam Waterhouse)のHYLAS AND THE NYMPHS を思い浮かべた。
ラファエロ前派のウォターハウスがこの絵を描いたのは1896年のことだが、ヴェヴェールがこの絵を見たかどうかは分からない。透き通るような白い美しい肌の女性と流れる長い髪、そして印象的な水や植物を思わせる深いグリーン。それがこの二つの作品に描かれている。


不思議なことにこのLe Reveilの作品の中にはダイヤモンドが使われているが、ほとんど引き立て役でしかない。実際この作品を見てダイヤモンドが綺麗と初めに思うことはないだろう。まず目と心を奪われるのは、美しい造形美と、そこから放たれている神話のような不思議な世界、言うなればそれは "耽美的な官能と神秘の女性美" だ。  目覚めとはある意味 少女から大人へ ということではないだろうか。
Le Reveilはジュエリーとして作られた作品であるが、このジュエリーには確かな「意識」が宿っている。まさしくそれが、アール・ヌーボーの精神といえるものなのだ。

撮影・文 Toshio Kuroiwa  編集・構成 ami


*インフォーメーション*
最寄駅 : Palais Royal-Musee du Louvre
Address : Palais du Louvre, 107, rue de Rivoli , 75001 Paris
Tel : 44 55 57 50
URL : www.ucad.fr/fr/01museeartsdeco/index.html
※ 変更なども考えられますので、詳細はホームページなどで確認してください。

参考資料
La Collecttion de BIJOUX DU MUSEE Des Art Decoratifs a Paris:Musee des Arts Decoratifs
-Henri Hever- French Jewelery of the Ninteenth Century :Thames & Hudson
Schmuck-Kunst im Jugendstil Art Nouveau Jewellery:Arnoldsche art Publishers
Schmuck-Kunst im Jugendstil Art Nouveau Jewellery :Le reveil /Photo
Myth and Romance  The art of JW Waterhouse:/Photo
URL : www.ucad.fr/fr/01museeartsdeco/index.html
URL : cgfa.sunsite.dk/waterhou/p-waterhouse8.htm