Good bye English Rose・・・・     -ロンドンの思い出 U-
1997年8月31日の夜。テレビの速報に流れて来たテロップを見て眼を疑いまし た。
そして、心の中で強く願った。 死なないで・・・・。
しかし、その数時間後に死亡の文字が・・・思わず涙があふれた。

春の天気のいい日。この日もボンドストリートをぶらぶら。 ショーウインドーに飾られたアンティークジュエリーを眺め、興味深いものを見つけると、お店の中に入り手にとって見せてもらう。
向こうも買わないと分かっ ていても、嫌な顔せずに相手をしてくれる。 そうやって次から次へ、お店からお店へ。
いつかはこういったものを扱えるようになりたい。そう願っていた頃のことです 。

いくつかのお店を渡り歩いていると、人だかりを発見。
何かあったの?誰か いるの?と聞いてみると、どうも プリンセス・ダイアナ がティファニーの店の中ににいるらし い。2〜30人の人達がピカピカのジャガーを取り囲んで、彼女が出てくるのを、まだかまだかと待っている。
ラッキー  僕も野次馬の仲間入り。運良く10分もしない内に彼女が現れる。
小さな歓声 があがり、ボディーガードに守られた彼女に、
 ダイアナ!ダイアナ! と声をかける 人々。
やっぱり結構大柄だな。 僕の第一印象(ごめんなさい)  彼女は少しはにかみ、終始うつむき加減で足早に車に乗り込んで行ってしまいました。
その間のほんの僅かな時間に、僕が彼女から受けた印象は、 透明感があるけれど、少 し影があるシャイな人だな というもの。本当に綺麗だけど何処かに影があるな、そんなことを印象深く感じたのを覚えています。
英国王室に伝わる素晴らしいジュエリーを身に着け、人々の前にいるときでさえ 、彼女からはそんなものが感じられた。
しかし、それがダイアナの魅力でもあった。そしてそんな彼女をイギリス人は皆愛してい たのです。

ダイアナは1981年にチャールズ皇太子と結婚、(この時チャールズがダイアナに送ったガラードのサファイヤとダイヤモンドの素晴らしいクラスターリングが印象的でした)2人の子供に恵まれ、誰もが 世界一幸福 せな女性 と思っていたのに、チャールズとの不仲から別居、離婚。
そして皆さ んもご存知のように、97年8月31日、アラブの富豪とパリのリッツから車で出た後、パパラッチを振り切ろうとして事故に遭い帰らぬ人に。
小さい頃から家族愛に恵まれず、結婚してもロイヤルファミリーの中で何時も違和感があり、夫ともうまく行かず離婚。せっかく手に入れた2人の息子とも別 れて暮らすことに。
結局彼女は、家族を持つことが出来ずに死んでしまった。それがダイアナの運命。これほど運命に左右される人は余りいないのではないか。そう思うとやはり悲しい運命。
ほんの一瞬見かけただけのダイアナに、何時しか強い思い入れを持っていたんだと悲報を聞いて気付いた。
皆そうだったんだろうな、素敵な人だったから。

ダイアナ 月の女神。  そう、やはり彼女は太陽ではなく 月の女神。


*** 英国国教会 がダイアナ妃の葬儀において歌った カトリック修道僧 の作った祈り***
「私をあなたの平和の道具としてお使い下さい。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところに許しを、
分裂のあるところに一致を、
疑惑のあるところに信仰を、
誤っているところに真理を、
絶望のあるところに希望を、
闇に光を、
悲しみのあるところに光を、 
もたらすものとして下さい。
慰められることよりも慰めることを、
理解されることよりは理解することを、
愛されることよりは愛することを、 
私が求ますように。
なぜなら私が受けるのは与えることにおいてであり、
許されるのは許すこにおいてであり、
我々が永遠の命に生まれるのは死においてであるからです」  
*英国国教会とカトリックは未だに長い対立関係にあるが、しかし、あえてこの祈りが使われた。
2005.02.01  T.Kuroiwa