Child & Child 「幸せの青い鳥」


「幸せの青い鳥」 このブローチをそう呼んで下さったのは、この作品について問い合わせをしてくれたお客様でした。
見ているだけで、気持ちが優しくなる不思議な力をもった鳩のブローチです。

PRAC-Jewellery
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1848年8月、ロンドンで  P.R.B  「ラファエロ前派」と名乗るグループが、ミレー、ロゼッティーを中心とする6人の画家、1人の作家が集まり結成されました。彼らは、創作の精神としてラファエロ以前に戻ろうと考えたのです。すなわちラファエロ以後のルネッサンス期に確立された形式主義を改め、自分の目の前にあるとおりに自然を描こう、というのが彼らの信念であったのです。またその一方で、単に自然を正確に再現するだけでなく、目に見えない神秘、自然を超えた聖なる物の存在までも描き出そうとしています。シェイクスピアやダンテの作品を好み、そこから作品の源泉を求めたあたりは、象徴主義、ロマン主義と結びついていたともいえるのです。

彼らの芸術運動は20世紀に入るまでのおよそ50年間の間に、その主な中心メンバーを変えながら変革をして行きます。絵画だけでなく、日本でも有名なウイリアムモリスは1875年にラファエロ前派の理想を堅持しながら、家具やインテリアを創作するモリス商会を設立しています。 この時代にP.R.Bのメンバーで画家として最も活躍していたバーン・ジョーンズは、ラファエロ前派の主義の対象を古代、中世から古代神話まで広げ、象徴主義の世界に傾倒していきました。

まさしくこのバーン・ジョーンズ時代のラファエロ前派の芸術運動と時を同じくして、ジュエリーの世界では アーツ・アンド・クラフツの流れが巻き起こってきたのです。大量に機械生産される安価なジュエリーが多く市場に出回る流れを、職人や芸術家達が手作りで作り上げる物を見直そうとしたのです。フランスのルネ・ラリックはイギリスを旅したときに、このムーブメントに出会い、以後フランスに戻り彼が創り出すジュエリーは、アール・ヌーボーという大きな芸術運動に発展していきます。

アーツ・アンド・クラフツの中でも特に有名な Walter Child(1840−1930)とHarold Child(1848−1915)の工房はバーン・ジョーンズやウイリアム・ホルマン・ハントなどのPRBメンバー達と創作を共にしています。 彼らの芸術に対する共通 の考え方がお互いを刺激し合っていたのです。(この作品もバーン・ジョーンズのデザインによる可能性が高いようですが、資料のようにエンジェルの翼が付いた懐中時計が共に製作されていたようです) チャイルド&チャイルドには、ヴィクトリア女王、エドワード七世とアレキサンドラ、ロシアのアレクサンドル三世などもパトロンとして名を連ねていたのでも分かるように、優れた作品を制作しています。しかし1915年のハロルドの死で店を閉じていますが、閉店した理由は、同じくして起きている第一次世界大戦の影響もあったのではないでしょうか。

現在、一般的にアーツ・アンド・クラフツの作品は、安価な素材で作られた技術もデザインも幼稚な安物のように扱われています。その原因は彼らのような芸術家達の生み出した作品を、それらしく真似て作った安物が大量 に作られたせいであり、本当に評価されるべき物は、彼らのようなアーティスト達の中から生まれてきた、思想、精神が宿った作品に限られるべきなのです。(安価なコピーが出回るのは、後のフランスのアール・ヌーボーの作品でも同じことが起こっています)
 この鳩の小さな作品にしても、そこから受ける印象は他のジュエリーとは一線を画した作り手の気持ちが伝わる作品なのです。
同時代にイギリスで人気のあったジュリアーノのジュエリーも特異なデザインですが、一般 的に彼らの作品から思想を感じることはありません。ジュリアーノはジュエラーでCild&Childの作品は、アーティストとしての要素が大きいからではないでしょうか。 
そして、フランスのアール・ヌーボーが、その表現の発想の源を日本芸術から強く受けているのに対して、イギリスの アーツ・アンド・クラフツの芸術家達は、ラファエロ前派の芸術運動の思想的精神の影響を色濃く反映しているのが大きな違いです。                                  イギリスのアーツ・アンド・クラフツのジュエリーを正しく理解するには、作品が作られた背景にある文学、思想、歴史、宗教感を知ることが大切なことだと思いますが、それは簡単なことではありませんね。

2005.04.07 T.Kuroiwa