ヴィネグレット Vinaigrette − 美しき実用ジュエリー
Vinaigrette 辞書をひくと、ヴィネグレット(ヴィナグレット)とは「気付け薬入れ」、「かぎびん」となっています。
内蓋の中に強い香料を含ませた綿などを入れて、気分が悪くなった時にそれを嗅いだといわれる物です。
コルセットで強く締めたドレスを着た女性たちはよく卒倒したそうで(本当かどうか分かりませんが)、か弱い女性に魅力があると建前上は言われていたヴィクトリア時代に、このヴィネグレットはレディーの必需品だったようです。

『沢山の馬車が行きかい、道は広く、素敵な店が並んでいるオックスフォード街の洗練された長い通りは、その起点でトッテナム・コート・ロードとほぼ直角に交わっている。
この通りをちょっと外れたところに…狭い裏通りがあり……アイルランド人街の入り口になる。
旅行者がベインブリッジ街と呼ばれる暗くて狭い裏通りに思い切って足を踏み入れるのは怖くないわけではない。 十歩も行かないうちに不快な悪臭に息がつまりそうになる。この裏通りは巨大な石炭置き場で…塗装してない泥道で、いやな臭いのする石鹸水やもっとひどい悪臭を放つ生活汚水のよどんだ水溜りが、いたる所にある……』(ロンドン年代記下、アンドルー・セイント・ジアン・ダリー著、原書房、P87〜88より抜粋)
 上記は、ディケンズの「ボズの素描集」の中で1830年代のロンドンの様子を書いた物ですが、これを読んでも、ロンドンの町の中のいたる所に悪臭が満ちていたのでしょう。気分が悪くなった時というのはむしろ街中の悪臭を嗅いでしまった時だったのかもしれません。そういったことを考えると、ヴィネグレットはむしろ街に出るときには欠かせない携帯品だったのではなかと想像できますね。

この作品は上蓋にカッティングされたシトリンがほどこされ、この蓋を開けると、草花をデザインした透かし彫りの内蓋があり、それを開けて中に綿を入れるスペースが作られています。
蓋を全部閉じた時に見える内側の細工は、カッティングされたシトリンを通すので、中の草花の模様が大きく、そして立体的に見える効果が生まれとても美しい。そして、裏蓋にもこれまた素晴らしいイングレービングが施されていて、何処から見ても魅力的な作品です。
おそらくこのヴィネグレットはシャトレーヌに吊るされて使われた物でしょう。ヴィネグレットは他に、指輪にチェーンを付けて持ち歩くタイプの物などもありました。実用のジュエリー、もしくは実用品を綺麗に装飾をした物。少々やりすぎのような気もしますが、ヴィクトリア時代の貴族やお金持ちの世界のメンタリティーが垣間見られて興味深いですね。

1867年頃
イギリス

2006.02.18 T.Kuroiwa