贋作の歴史 あるいは華麗なるリプロダクション

 18世紀後期ヨーロッパの上流階級の熱心なコレクター達は、古代ギリシャ・ローマのインタリオおよびカメオの蒐集に情熱を傾け、1780年代にその人気はピークに達する。

ポニアトウスキコレクション  ポーランドのスタニスラス・ポニアトウスキ皇太子は、叔父のポーランド国王から宝石および古代遺物のコレクションを受け継いだ。そして一大コレクターになったポニアトウスキは、1791年にはローマに移り住み収集に専念するまでになる。
1831年、彼の収集品のカタログが出来上がり、2601点の掲載品の内、20点がカメオで他はインタリオであったが、驚かされることにそのうち1737点に古代の彫刻師のサインが入っていた。
2年後のポニアトウスキの死後、スキャンダルが持ち上がる。
古物研究家のオグルが、これらは18世紀後期から19世紀前期に作られた物であると主張したのだ。
オークションで数多くのポニアトウスキのコレクションを手に入れていたティレルなる人物は、これに反論し、彼らは新聞紙上などで大論争を繰りひろげた。
やがて、ポニアトウスキは何人かのイタリア人彫刻師にこれらを彫らせ、また別 の彫刻師にニセの署名を彫らせていたことが判明してしまう。

1770年代までにローマにおける古代ギリシャ、ローマの美術品マーケットはイギリス人に支配されていた。
その中のジェームズ・バイヤーズと、トマス・ジェンキンズは、自分の彫刻師に古代様式のインタリオを彫らせ、外国人観光客に古代のものと偽って高値で売りつけ大儲けしていた。
特にグランドツアーなどでイタリアを訪れた同じイギリス人は一番のお得意様であったようだ。
 この時代に作られた古代様式のカメオ・インタリオは、誰もが本物と見間違うほどに素晴らしい出来栄えであり、彼ら贋作者達がいかに才能豊かな彫刻師であったのかということを物語っている。
 しかし、それらの作品を今私たちがよく見てみると、その時代のコレクターの好みに合った新古典様式で作られているのが分かる作品もあるのだ。

それぞれの理由であるものは贋作を作り出し、在る者は本物と偽り売り捌き、また在る者は騙された。
歴史はその繰り返しというのは紛れも無い事実である。
故に、何百年にも渡るその長い歴史の中で、あまりにも精巧にできた贋作を正確に判断することは、専門家ですらかなり難しい。
しかし、今となってしまえば、その贋作のどれもが、その時代の代表的なスタイルの素晴らしい作品であるのは間違いない。
ただ、現代に作られた贋作が後の時代にそうなるかは、甚だ疑問である。

2004.10.16 kuroiwa